• ※ 遺産分割前の払戻し制度に関する改正について(施行日は2019年7月1日)

    ・家庭裁判所の判断を経ないで,他の共同相続人の同意なくしてする遺産たる預貯金の払い戻し
     各相続人が単独で払戻しをすることができる額は(相続開始時の預貯金債権の額)×(3分の1)×(払戻しを求める共同相続人の法定相続分)の計算式で算定される額です。
    但し,この計算式は,遺産に属する預貯金債権のうち,金融機関の各口座ごとに算定されることになります。また,同一の金融機関に対する権利行使は,150万円)を限度とされています。

    ・家庭裁判所の判断を経て,他の共同相続人の同意なくしてする遺産たる預貯金の払い戻し
     家事事件手続法の保全処分の要件を緩和するものであり,遺産たる預貯金債権の仮分割の仮処分については,「事件の関係人の急迫の危険の防止の必要があること」(家事事件手続法第200条第2項)を緩和し,裁判所は,遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において,相続財産に属する債務の弁済,相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要があると認めるときは,他の共同相続人の利益を害しない限り,申立てにより,遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部を仮に取得させることができることにするものとされることになりました。

1 葬儀費用等について

  • ●被相続人の葬儀費用を相続財産から支払うことはできますか?

    被相続人の葬儀用であったとしても,当然にその相続財産からの支払いが認められているわけではありません。
    被相続人の葬儀費用は相続財産から支出すべきであるという見解(相続財産負担説)もありますが,現在の実務では多くとられていません。実務の多くは,葬儀を主宰した者(喪主)が負担すべきという見解(喪主負担説)が多くなっています。

  • ●被相続人の葬儀費用を立替払いしました。他の相続人に対して,立替えた費用をどのようにして請求したらいいでしょうか?

    葬儀費用は,被相続人死亡後に発生した債務であり,遺産とは別であるため,遺産分割の対象事項には該当しない別の問題です。そのため,立替えた費用についての問題は,原則,遺産分割とは切り離して相続人や関係者間で協議されるべき問題です。葬儀費用に関する協議,協議に折り合いが付かなければ民事訴訟手続(委任・準委任契約に基づく費用償還請求,事務管理,不当利得返還請求等)といった手段が考えられます。
    ただし,相続人全ての合意があれば,立替えた葬儀費用について,遺産分割協議や調停の中で併せて話し合い,解決をすることができます。

  • ●父(X)が亡くなり,その相続人は長男の私(A)と次男のBだけです。長男の私がその葬儀費用500万円を立替えました。Bに対して私はいくら請求できるのでしょうか?

    葬儀費用の負担について,Xの生前の指示がある場合にその意向に尊重してABが従う場合や,AB間で費用負担についての合意があれば,それによって決めることができます。
    このような被相続人Xの指示に相続人のABが従わない場合や合意が無い場合,誰が葬儀費用を負担すべきかは法律で定められておらず,見解も複数あり一律に決まっていません。最初の質問にもあるように喪主が負担するという見解が実務上多くなっています。
    ただし,喪主を務めたという一事情のみで全ての費用を負担するのは相続人間の公平に欠くため,各相続人が取得した相続財産の内容・総額,葬儀に関与した経緯・度合い,葬儀費用などを総合的に考慮して,立替えた費用の負担割合を考慮すべきという見解もあります。
    この見解の場合,ABが各々取得した相続財産の内容や額に差がないのであれば,相続分に応じて負担されるべきであり,AはBに対し,250万円を限度に請求できることになります。なお,請求の方法としては,事務管理等を根拠にした民事訴訟,あるいは相続人全員の同意があることを前提に遺産分割協議の中で話し合うことが考えられます。
    ただし,Aが遺言により法定相続分より多くの相続分を取得していたり,生命保険金の受取人になっていたなど,Aが喪主として葬儀費用を負担することが実質的な公平にかなうような場合には,Aの請求は認められない可能性があります(神戸家庭裁判所審判平成11年4月30日)。

  • ●立替えた葬儀費用を請求された場合に,香典はどのように扱われますか?

    香典は,第一次的に葬儀費用に充当されるべきものと考えられます。
    香典について,「香典は喪主に贈られたもの」であり,喪主が「香典を第一次的に葬儀費用に充当し,次いで法事等の祭祀費用に充てることができる」と判断した裁判例があります(広島高決平成3年9月30日)。
    そのため,立替え葬儀費用を請求された他の共同相続人は,葬儀費用の請求をしてきた相続人に対し香典を誰からいくらもらい,それを葬儀費用にいくら充当したのかの説明を求めるべきです。

2 遺産管理に必要な費用について

  • ●相続発生後,相続財産に関する管理費用(不動産の固定資産税やマンションの管理費等)を立替えて支払った場合に,遺産分割で清算することはできますか?

    原則できません。
    相続財産の管理費用は被相続人死亡後に生じた債務の問題であるため,遺産とは別の問題であり当然遺産から清算されるべきものではないと考えられているからです。相続と同時に遺産分割協議を行い、その時点で不動産を相続する者が決まれば、その者が固定資産税を支払うということになりますが,それまでは,相続人全員が相続分の割合で支払う義務があるということになります。
    なお,現在の実務では,全ての共同相続人間で遺産管理費用の問題を含めて遺産分割手続きの中で清算することに合意ができれば,遺産分割手続きの中で考慮できるとされています。
    前述の通り,最終的に遺産分割が成立するまで,固定資産税などは発生し,本来,各相続人が支払い義務を負うものですが,これにより各自が支払うことにすると精算が煩雑となることから,一旦,代表の相続人が立て替え,最終的に遺産分割が成立した時点で、各相続人間で精算をするのが最も合理的と言えます。

  • ●遺産管理費用の負担割合はどのようにして決められますか?

    一般的には,共有物に関する費用負担の問題として,民法235条1項を根拠に,共同相続人がその相続分に応じて負担するものと考えられています。そして,ここでいう「相続分」とは,特別受益や寄与分を踏まえた「具体的相続分」ではなく,「法定相続分」あるいは遺言によって指定された「指定相続分」を意味するとされています。

  • ●遺産管理費用について,遺産分割手続きでの清算について合意が得られなかった場合には,どのような請求方法が考えられますか。

    一般の民事訴訟を提起することになりますが,その根拠としては①不当利得に基づく返還請求,②共有物に関する民法235条1項に基づく請求が考えられます。

  • ●立替えた遺産管理費用の清算が認められない場合はありますか?

    あります。
    共同相続人の1人が,相続財産である不動産について,「自己のために使用したり,あるいはこれを第三者に貸してその果実を取得していた」場合には,「遺産である不動産の固定資産税,家屋修繕費及び庭維持費,それに要した備品購入費等は遺産管理費用と認めることはできない」として清算を否定した裁判例があります(岐阜家裁大垣支部平成8年10月7日審判,名古屋高裁平成9年10月15日決定)。

3 遺産から発生した賃料等の収益の分配について

  • ●父が死亡し,相続人は私(A)と兄(B)の2人だけでした。父の相続財産の中に賃貸マンションがあり,遺産分割協議の結果,兄のBがマンションを相続することになりました。父の死亡から遺産分割が成立するまでに発生した6か月分の賃料は全て兄のBが相続することになるのでしょうか?

    相続発生後~遺産分割成立までの6か月間に発生した賃料債権は,質問者Aと兄のBがそれぞれ相続分(遺言による指定が無ければ各々2分の1)に応じて確定的に取得することになります。
    判例上,遺産から生じる賃料等の遺産収益については,その発生時期によって取り扱いが異なっています。
    判例は,相続財産である不動産から発生する賃料債権について「遺産は,相続人が数人あるときは,相続開始から遺産分割までの間,共同相続人の共有に属するものであるから,この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は,遺産とは別個の財産というべきであって,各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得する」と判断されています(最高裁平成17年9月8日)。
    そして,ここでいう「相続分」とは,「法定相続分」あるいは遺言によって指定された「指定相続分」と考えられています。
    ただし,兄のBがマンション管理費用を負担していた場合,遺産収益からその費用を控除することができると判断した裁判例が多数あります。
    そのため,Aが兄のBに対して請求できるのは,{(死亡から遺産分割成立までの)賃料総額-(死亡から遺産分割成立までの)管理費用の総額}×相続分となります。

  • ●遺産収益を具体的に請求する方法を教えてください。

    上記質問の判例にあるように,遺産収益は遺産とは別個の共同相続人間の共有財産であるため,原則,遺産分割の対象にはなりません。共同相続人があなたの相続分まで取得していることが法律上の原因を欠いているとして不当利得返還請求,又は違法であるとして不法行為に基づく損害賠償請求が考えられます。
    また,遺産収益を遺産分割の対象に含めることについて共同相続人全員の合意があれば,遺産分割手続きの中での解決をすることもできます。

  • ●母が死亡し,私(A)と姉(B)と妹(C)が共同相続人になりました。姉(B)は,母の生前より,母の承諾を得て遺産である家で母と同居しており,母の死亡後も姉(B)が一人で遺産である家を使用しています。このような姉(B)に対して私(A)と妹(C)はどのような請求ができるのでしょうか?

    まず,考えられるのは不動産の明渡の請求です。
    この場合,判例上,姉(B)には家に対する使用貸借が認められる可能性があります。共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の承諾を得て相続財産である建物に被相続人と同居していた場合に,「特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって、被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになる」と判断し,使用貸借の成立を認めています(最高裁平成8年12月17日)。
    そのため,姉(B)に対して,家からの退去を求めることは難しい可能性があります。
    次に,金銭請求の可否です。
    家を無償使用している姉が,質問者の相続分に係る部分を占有し,使用していることが,違法,あるいは法律上の原因がないとして,不法行為に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求をすることが考えられます。この場合の,損害金額あるいは利得した金額は,賃料相当額をもとに算定されることが多いです。
    ただし,この場合についても,上記判例のように姉(B)に対して使用貸借等が認められる場合には,姉(B)の家の使用は権原に基づくものになるため,賃料相当分の不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償は請求できません。

4 老親の扶養・介護と遺産分割について

  • ●母親の遺産分割協議において,長女が父親の介護をすることを条件に長女に遺産の全てを取得させましたが,長女は父親の面倒を見ていません。このような遺産分割協議のやり直しや解除はできますか?

    判例は,父親の面倒を見なかったことを理由にした遺産分割協議の債務不履行解除(民法541条)を認めていません(最高裁平成元年2月9日)。遺産分割協議について,債務不履行解除を認めてしまうと法的安定性が害されるとされているからです。

  • ●母親の遺産分割協議において,長女が父親の介護をするという約束で父親が相続すべき相続財産のすべてを長女が取得することになりました。しかし,長女は父親の介護をほとんどしていませんでした。このような事情を,父親の遺産分割協議の時に考慮することはできますか?

    困難だと思われます。
    母親の遺産分割において,父親が相続すべき相続財産のすべてを長女に取得させたことが父親から長女への贈与として,特別受益の主張をすることが考えられます。
    しかし,母の遺産分割において父がその法定相続分相当を実質的に放棄して長女に取得させたとしても,それをもって「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた」とは言い難いため,形式的に民法903条1項の条文に該当するとは言いにくいと思われます。
    なお,遺留分減殺請求訴訟の事案ですが,亡父の遺産分割において,母から法定相続分の2分の1を譲り受けた相続分の譲渡について,この相続分の譲受が特別受益に当たると判断した裁判例があります(東京高等裁判所平成29年7月6日)。

  • ●死んだ父親の遺言には,自宅を長男に相続させる旨の遺言がありました。そして,遺言には,「長男が母親と同居して,扶養し,食事などにも気を遣い,その他の身の回りの世話をして,母親にふさわしい老後が送れるように妻と最善の努力をすること。」とも書いていましたが,現在,長男と妻は,母親の世話を全くしていません。このような遺言は有効なのでしょうか?  

    まず,このような抽象的な書き方をされた遺言が負担付遺言といえるのかを検討する必要があります。
    東京地方裁判所昭和59年8月31日の裁判例は,負担付死因贈与の取消が争われた事案ですが,死因贈与は「性質に反しない限り,遺贈に関する規定を準用する。」(民法554条)とされているため,その負担に関する判断は,負担付遺贈についても参考になります。
    被相続人と同居するという負担付死因贈与がされ,その負担の履行の有無が争われた事案の裁判例ですが,「被告は、原告がA(被相続人)と同居することは、負担付贈与契約における負担といえるものではない旨主張するが、従前居住していた住居を引き払って、肝臓に持病を持つ老令者と同居し、その身の回りの世話をすることは、これをもつて負担付贈与契約における負担とみることに何ら支障のないものというべきである」と判断されています。そのため,単に抽象的であるという理由で負担ではないとはいえません。ただし,負担の内容が公序良俗に反する内容であったり,身分行為に関する内容であったりする場合には,その負担は無効となります。
    本質問の場合は,長男が具体的にどのような扶養・介護を行うかが記載されているため,負担付の遺贈に該当すると考えられます。
    次に,負担が履行されない場合,負担付遺贈における負担は,遺贈の条件ではないため,その履行の有無にかかわらず,遺贈の効力は発生します。そのため,負担が履行されないことをもって当然に遺贈の効力が失われるわけではありません。
    しかし,相続人が,負担を履行すべき義務者に対して,相当の期間を定めて履行するように催告でき,相続人の催告にもかかわらず,義務が履行されない場合に,相続人は家庭裁判所に対して遺贈の取消を請求できます(民法1027条)。
    ただし,抽象的な義務の場合,履行の有無の判断は難しくなります。
    本質問についても,長男が具体的にどのような介護や扶養を行ったかで履行の有無が判断されることになります。履行の有無がないと家庭裁判所が判断すれば,遺贈が取り消されることになります。遺贈が取り消された場合,その目的物は相続人に帰属することになります。